「ウォークマン®︎(SONY)」を始めとした携帯音楽プレーヤが普及したのが20世紀後半、そして21世紀に入ってからの「iPhone ®︎(Apple)」の登場で一気にスマホが広がりこの30年で人はいつでもどこでも音楽と会話が楽しめるようになりました。ただ、このことは聞こえを司る聴器からすれば、音が長時間入ってきたり、強大な音に晒されたりと負荷が増えたことになります。特に近年、Bluetooth技術によるワイヤレスのイヤフォンの普及で若年者を中心にほぼ1日中、イヤフォンをつけているケースもあるようで、音響暴露によって難聴・耳鳴りを呈するいわゆる「スマホ難聴」が世界レベルで問題となっています。
「別に聞こえているし、ほっといてください」と若者にチクっと言われそうですが、強大音の長時間にわたる音響暴露が難聴や耳鳴を引き起こすことは既に明らかになっており、2018年にはWHOからも、若者11億人(世界の若者の約半数)が音響による聴力障害のリスクに晒されているとして緊急提言が出されております。この聴力障害は、従来の騒音性難聴(強大音により聞こえの感覚細胞がダメージを受けて難聴と耳鳴りが残ってしまう状態)だけを指すのではなく「大きい音を聞いて一時耳がおかしくなったがまた元に戻った」という状態も含まれております。後者のその状態は「Cochlea Synaptopathy」と呼ばれており、近年の研究からその病態は感覚細胞と神経繊維をつなぐ部分であるシナプスが障害されている状態であることが解明されております。
この「Cochlear Synaptopathy」ですが、厄介なのはこのシナプスの80%が障害されるまでは聴力検査(聞こえたらボタンを押す一般的な聴力検査)では異常を認めない点で、50%程度のシナプス障害では検査上は異常なしと流されてしまうところです。ゆえに難聴があるにも関わらず「難聴なし」とされてしまう難聴、いわゆる「hidden hearing loss(隠れ難聴)」の病態と言われているのですが、ここでいうシナプスの減少は詳細な聞き取りにも関与していることが分かっており、静かなところでの会話や聴力検査は問題ないが、雑音があると「言葉の聞き取り」が極端に悪くなるという訴えの背景にもこの「Cochlear Synaptopathy」があると言われております。また耳鳴りはこのシナプスの減少で生じ得ますので、「難聴を認めない耳鳴」としてもこの病態は注目されております。
加えて、一般的な難聴である「加齢による難聴」も「Cochlear Synaptopathy」同様なシナプス障害が主となって起こっていることが分かってきており、長年よる音響暴露の蓄積を経てシナプス障害が進んだ結果が加齢性難聴となることも言われております。事実、聴器の加齢性変化は既に20代よりゆっくり始まり、聴力検査で測り得ない高周波数領域より難聴が進んでいくと言われております。ただこの高周波数領域は日常生活音域ではないため、普段は難聴を意識しないわけですが、この状態も正確には「hidden hearing loss」となり、耳鳴り伴っている場合はやはり「難聴を認めない耳鳴」の一因となり得ます。
音響暴露の一つの目安ですが、WHOは大人で80dB,子供で75dBの音量を週40時間以上聴き続けると音響外傷のリスクがあると示しています。80dBの目安は地下鉄走行中の車内にいるときに感じる音量です。一旦失われた聴器の感覚細胞は元には戻りませんが、受傷直後であれば神経系の機能は休むことで回復することも事実ですので、休憩を入れ神経(シナプス)を回復させることも大切な予防です。耳鼻科の学会が掲げる標語の一つにHear well, Enjoy life.(快調で人生を楽しく)というのがあります。今後の人生のためにも、今ある聴力を大切にしましょう。