厳しい寒さが続く中、例年この時期はインフルエンザの患者さんが多いのですが、今年はコロナの影響でマスクや手指消毒が習慣化している影響でしょうか、インフルエンザは大幅に減っている現状です。インフルエンザやコロナなどはウィルスの感染ですが、同じ発熱や喉が痛くなる症状をもたらす細菌の感染に扁桃炎があります。口の奥の両側にある扁桃腺の中で細菌が増殖する病気ですが、悪化すると細菌が喉の深部に入り、さらに重症化すると血液中に細菌が入り込み致死的な病態になりうることもあります。
抗生剤の恩恵がある現代では扁桃炎で重症となることは稀になりましたが、抗生剤が行き渡る以前は重症の扁桃炎の治療には外科的切除が施されていました。その歴史は古く、紀元前1世紀の古代ローマ時代には扁桃腺手術の詳細が記されております。日本でも20世紀初頭から半ば過ぎまでは、子供は扁桃腺が大きい(扁桃肥大)だけでとった方がよいとされていた時代があり、耳鼻科外来で椅子に座ったまま扁桃腺をとる手術が日常的に行われており、高齢者の方で幼少期にその経験のある方は苦い思い出として残っているかもしれません。扁桃腺は局所麻酔手術だと、咽頭反射(えずき)のコントロールが難しい上に圧迫止血が十分に行えないために安全な手術を行うことが難しく、現在では全身麻酔下での手術が一般的となっております。
子供の扁桃腺手術の適応ついては現時点で基準は大きく2つあり、1つは繰り返す習慣性の扁桃炎があること、もう1つは扁桃肥大による重症の睡眠時無呼吸があることとなっております。習慣性の扁桃炎に関しては、我が国では年3−4回繰り返す扁桃炎とやや幅を持った感じで言われておりますが、米国ではより細かく規定されており、定期的な改訂も行われ、2019年の改訂版では手術の前にもう少し経過観察を要する方向へと切り替わってきております。さらに、同じ頃に扁桃腺免疫の常識に一石を投じる報告がオーストラリア・デンマーク・米国の共同研究から発表されており、その内容は、子供の時に扁桃腺をとったグループがとっていないグループに比べて上気道感染(いわゆる風邪)にかかるリスクが約3倍増加するというものです。長年、扁桃腺は子供の頃にとってもその後の免疫機能に異常をきたさないとされておりましたが、術後長期間にわたって手術の影響を追ったデータが存在しておりませんでした。今回この報告が初の長期データ(術後10年から30年の経過を追ったデータ)をまとめたものとなり、長い期間で見た場合、扁桃腺をとることが将来の免疫機能の低下に繋がる可能性が示されたということになります。本当にその子供の扁桃炎が習慣的なもので治りにくいものなのか、その見極めをもう少し慎重にすべきであるということになります。
もう1つの手術適応である扁桃肥大に関して、よく保護者の方から「どうして起こるのか?」という質問をお受けします。経験的に両親からの遺伝の可能性は言われてきておりますが、最近の知見ではモラキセラ・カタラーリスという細菌が扁桃肥大に寄与していること、特定の遺伝子(Beta-defesin 1)が扁桃肥大に関与している報告があがっております。総じて、扁桃肥大は遺伝的な側面はあるものの、適切な消炎が大切と考えますので、扁桃腺内に細菌感染の基地(コロニー)を作らせないために、炎症を長引かせないよう早めの対応が要です。